⚫︎戦争に勝つ力を「国防力」と呼ぶならば、戦争そのものを起こさせない力を、私は「外交力」と呼びたい。 ⚫︎外交とは、自国にとって都合のよい国家との関係を広げるためだけのものではない。 ⚫︎世界を「味方」と「敵」に分けることから、外交を始めてはならない。 ⚫︎外交の究極の目的を、諸外国との関係において「無対立、無犠牲、自主独立」を維持し、さらに発展させることだとするならば、その大目標は明快である。 ★対立の解決策として「戦争」を選択させないことである。これこそが外交の最大の仕事ではないだろうか。 ⚫︎ここで重要なのは、「日本が戦争をしない」というだけではないことである。 「戦争をさせない」とは、日本を含むすべての国家を対象としている。 ⚫︎日本が戦争に参加しなければ、それだけで世界から戦争がなくなるわけではない。 世界のどこかで国家と国家が武力によって問題を解決しようとすれば、そこでは人が死に、家族が離散し、都市が破壊され、長い年月をかけて育まれてきた文化が失われる。 そして、その影響は経済、食糧、資源、難民、環境などを通じて、やがて世界全体へ波及していく。 ⚫︎二十一世紀の世界では、もはや「遠い国の戦争」は存在しないのである。 だからこそ外交は、自国の利益を守る技術であるだけでは足りない。 自国と他国との対立を戦争へ発展させない。 さらに、他国と他国との対立についても、可能な限り戦争という解決方法を選択させない。 そこまでを外交の射程に入れる必要があるのではないだろうか。 ⚫︎外交とは、国家と国家の交渉である以前に、異なる歴史と文化を背負った人間と人間との対話である。 国家には、それぞれ異なる歴史がある。 民族的文化がある。宗教的文化がある。思想的文化がある。 そこには、例外なく「国民教育」があり、それによって形成されてきた歴史認識や国家観がある。 さらに、気候、地形、食糧、水、資源などの自然環境があり、それらと人々の暮らしとの長い関係がある。 ⚫︎つまり、外交に携わる者は、相手国の政治制度、経済力、軍事力だけを知っていればよいのではない。 ⚫︎その民族が何を大切にしてきたのか。何を善とし、何を恥とするのか。何を恐れ、何に誇りを感じるのか。学校では何を教え、子どもたちは自国と世界をどのように理解して育つのか。 自然環境と人々の生活が、どのように結びついているのか。そこまで知らなければ、本当の意味で相手国を理解したことにはならない。 ⚫︎自分の常識を相手に押しつければ、外交は説得になる。 「自国の利益だけを求めれば、外交は取引になる。力を背景に要求を呑ませれば、それは外交ではなく威圧になる」。 ⚫︎外交には、そのいずれとも異なる能力が必要なのである。 相手を理解しながら、自国の自主独立も譲らず、双方が武力を用いなくても済む道を探し続ける能力である。 ここに「無対立、無犠牲、自主独立」という三つの原則が生きてくる。 ・無対立とは、意見の違いをなくすことではない。国家間に利害の違いがあるのは当然である。 歴史認識も違えば、価値観も違う。政治制度も違えば、宗教観も違う。 重要なのは、その「違い」を「対立」に変えないことである。さらに、その対立を「敵対」に変えず、敵対を「戦争」にまで進ませないことである。 ・違いは、なくす必要がない。 違いを違いのまま認め、その間に共存可能な接点を見つける。それが「無対立」の外交である。 ⚫︎無犠牲とは、誰かを犠牲にすることで問題を解決しないと同時に自国も犠牲にしないという事である。 ・大国の利益のために小国を犠牲にする。 ・現在世代の繁栄のために未来世代を犠牲にする ・国家の威信のために兵士や市民を犠牲にする そのような解決方法を選ばない。 ⚫︎そして「自主独立」とは、孤立することではなく、他国と協調しながらも、自ら考え、自ら判断し、自ら責任を負うことであり、同時に、自国の自主独立を主張するのであれば、他国の自主独立も尊重しなければならない。 ⚫︎自国だけの自主独立は、他国から見れば自己中心に過ぎない。互いの自主独立を認めながら共存する。そこに外交の成熟がある。 以上の三つを同時に成立させることは容易ではない。 だからこそ外交には、高度な専門性と長い時間が必要なのである。ここで、日本の外交制度について一つの問題を提起したい。 ・政治には選挙があり、政権は変わる。 ・首相も外務大臣も交代する。 それは民主主義国家として当然のことである。 しかし、外交まで政権交代のたびに大きく揺れてよいのだろうか。国家間の信頼は、一年や二年では築けない。相手国の言葉を理解し、文化を知り、人脈を築き、表面的な発言の背後にある歴史的感情まで感じ取れるようになるには、十年、二十年という時間が必要になることもある。だから外交には、政治とは異なる「長い時間軸」が必要になる。 ⚫︎政権に関係なく、国家の顔であり、耳であり、頭脳として、諸外国を継続して理解し、対話し、交渉を担い続ける専門家集団が必要なのである。 ⚫︎外交官とは、国家の営業担当者ではなく、国家の知性を担う者である。 そして、その知性の蓄積は、政権が変わっても失われてはならない。 ⚫︎軍事力が「有事に備える力」ならば、外交力は「有事そのものを起こさせない力」である。 もちろん、外交だけですべての戦争を防げるわけではない。 国家には防衛も必要であり、経済安全保障も必要である。しかし、武器を持つことと、武器を使わなくて済む国際関係をつくることは、本来、別の次元の問題である。 ⚫︎むしろ国家の成熟度とは、保有する武器の数だけではなく、それを使わずに済ませる能力によって測られるべきではないだろうか。 ⚫︎戦争が始まってから停戦を仲介することも外交である。しかし、それ以上に高度な外交とは、戦争になる前にその兆候を察知することである。 ・対立する双方の言い分を聞く。 ・相手が何を恐れているのかを知る。 ・何だけは譲れないのかを知る。 そして、双方が面目を失わずに退くことのできる出口を用意する。 ⚫︎戦争には、始まった日がある。 しかし、その原因はその日に生まれたわけではない。十年前、二十年前、場合によっては百年以上前から積み重なった民族的記憶、宗教的対立、領土問題、経済格差、資源争奪、屈辱感、不信感などが、ある瞬間に臨界点を超えて戦争になる。 ⚫︎ならば外交官が見るべきものは、今日のニュースだけではない。まだ戦争になっていない対立の芽を見ることである。しかも、その芽を力によって摘み取るのではない。 ・別の方向へ育て直すのである。 ・力で押さえ込めば、恨みが残る。勝者と敗者をつくれば、次の対立の原因になることがある だから必要なのは、勝敗を決める外交から、共存可能な条件を創造する外交への転換なのであり、そのためには、世界をあらかじめ「味方」と「敵」に分類してはならない。 ⚫︎「友好国」という概念を置けば、その外側には必然的に「友好国ではない国」が生まれる。 人間が分類を始めれば、そこにはやがて心理的な境界線が生まれる。 ⚫︎外交は、その境界線を固定する仕事ではない むしろ境界線を越えて対話できる状態を維持する仕事である。 ・親しい関係にある国とも対話する。 ・意見の異なる国とも対話する。 ・深刻な問題を抱える国とも対話する。 ・価値観の大きく異なる国とも対話する。 ⚫︎相手によって対話の扉を閉ざさない。 ★外交とは、国家を敵味方に分けない知性なのである。 日本には、そのような外交を構想できる歴史的条件があるのではないだろうか。 日本は戦争による壊滅的な被害を経験し、その後、経済、技術、文化を通じて世界との関係を築いてきた。ならば、二十一世紀の日本が世界に示すべきものは、「戦争に勝つ国家モデル」ではなく、「戦争をさせない国家モデル」ではないだろうか。 ・他国を敵と決めつけない。しかし、迎合もしない。 ・自国の自主独立を守る。同時に、相手国の自主独立も尊重する。 異なる価値観を否定せず、違いを違いのまま抱えながら、共存可能な接点を探し続ける。 私は、この姿勢を日本外交の基本思想としてよいと思っている。 ★外交の成果は見えにくいが、戦争に勝てば歴史に残る。条約を締結すれば記録に残る。首脳会談を行えばニュースになる。しかし、「起こるはずだった戦争が起こらなかった」という成果は、ほとんど記録されない。 ⚫︎それでも、本当に優れた外交とは、そこにあるのではないだろうか。 ・何万人もの兵士が戦場へ行かなかった。 ・何十万人もの市民が故郷を失わなかった。 ・一発のミサイルも発射されなかった。 ⚫︎昨日と同じように子どもたちが学校へ行き、人々が働き、家族が夕食を囲んだ。その「何も起こらなかった」という結果こそ、外交の最大の勲章なのである。 ・武力には、相手を屈服させる力がある。 ・経済力には、相手を動かす力がある。 ⚫︎しかし「外交力」には、自国と他国の双方に、戦争以外の道を選ばせる力がある。 さらに「成熟した外交力」とは、自国と他国という二者関係を越えて、他国同士にも戦争を選択させない環境をつくる力である。 ⚫︎二十一世紀中盤以降、国家に求められる「本当の強さ」とは、そこにあるのではないだろうか。 ⚫︎戦争をしないだけでは足りない。戦争をさせない。敵を倒すことを考える前に、国家を敵味方に分ける思考そのものを問い直す。勝者になることを競うのではなく、敗者をつくらない道を探す。 自国だけの利益ではなく、相手国も自主独立を保てる着地点を探す。そのために、民族を知る。宗教を知る。思想を知る。歴史を知る。国民教育を知る。自然環境を知る。 そして何より、その国に生きる人間を知る。 それを何十年という時間軸で蓄積し、政権が変わっても対話を絶やさない。 ⚫︎その国家の知性を、私は「外交力」と呼びたい。そして、日本が掲げる外交の基本原則を一言で表すならば、無対立、無犠牲、自主独立」 であり、その先にある外交の究極の目的は、きわめて単純である。 ★戦争を、対立解決の手段にさせない。 ・戦争に勝つ英雄を生み出す国家よりも、戦争そのものを起こさせない知恵を持つ国家へ。 ・「友好国」と「非友好国」をつくる外交から、国家を敵味方に分けない外交へ。 ⚫︎そして、「戦争をしない国」から、「戦争をさせない国」へ。 それこそが、日本が二十一世紀の世界に示し得る、新しい「外交力」の姿ではないだろうか。 2026年8月7日 慧智の朝の非戦の誓 著:KEICHI E. KOBAYASHI, Ph.D., Ed.D., M.D., Z.M. 小林惠智