みんなで考えよう『食育の原点』

「あなたはこれまで何を食べてきましたか?」私たちの身体と心を作っているのは、これまであなたが食べてきた食事そのものなのです。人間が生きていくためには必要な食事の量を確保しなければならないのは言うまでもありません。でも本当に大切なのは食事の質だということは以外と等閑にされがちです。
 世の中には多種多様の食材が溢れかえり、最近では加工食品を手にする機会の方がはるかに多くなっています。食材もグルメ志向に迎合して味や形状にこだわり、美食に対する脳の欲望を満たす製品が食品売り場には山のように並んでいます。その一方で、美容に対する脳の欲望はダイエットブームを巻き起こし、今や日本人の摂取カロリーは終戦直後の摂取カロリーを下回っているのは驚きです。

 科学の進歩は、私達に必要な栄養素を分子レベルで捉えることができるようになりました。人間の体は60兆個の細胞でできていますが、腸内には100兆個の腸内細菌がいて、お互いに助け合って共生していることもわかっています。したがって、人間は160兆個の細胞でできていると言えるのです。腸内細菌も含めたその一つ一つの細胞に必要な栄養は全て食事から得ているわけです。その食事の栄養素が不足していれば、当然病気を引き起こします。さらに脳の活動に必要な栄養素が不足すれば、鬱や統合失調症を引き起こすことがあります。つまり心の病と考えられてきたものも、ある種の栄養素の不足が原因であったりするのです。不登校、やる気が出ない、記憶力が衰える、すぐにカッとなるのは以外と脳に必要な栄養素が不足しているかもしれません。
 私たちの社会では、消費という名の下に生産者が作った食材や加工食品を手に入れて料理して食べたりレストランで食べたりと、料理人が作った食事をいただいていますが、最終料理人が歯だということは以外と意識されていません。美味しく食べることができるのも、消化できない危険な食材を嗅ぎ分けるのも健全な歯や口腔機能のおかげなのです。そして、消化によって分子レベルの栄養素に分解・吸収されて160兆個の細胞に運ばれていきます。体や心に本当に必要な栄養を食事から摂っているか、そして必要量を摂っているか。つまり 食の質と量を本当に意識できているかどうかが『食育』の第一義です。

 家庭の主婦を含めて世の中には多くの料理人がいます。その料理人の元に運ばれる食材は生産者によって育まれたものです。食物の中に含まれる栄養素は生産者がどのように育んだか、つまり何を与えて育てたかに影響します。また、料理人の手元に加工食品として届く食材もあります。その場合、何を使って加工したかがとても重要なのです。
 しかし、残念ながら現代社会における食の安全性は担保されているとは言えないのが現状です。食が市場原理にさらされて、中身より外見、つまり味や形状や量といった外見を整えて商品化され、本来備わっていなければならない栄養素が不足しているだけではなく、本来人体に不必要な保存料や抗生剤、あるいは農薬の残留物が大量に含まれているような食材や加工食品になってしまっているものもあります。もちろんこれらは賞味期間を確保したり、食中毒を引き起こさないように配慮されたりしていて、単一食品では人体に影響はないとされる量しか使用されていません。しかし、ほとんどの食材に使用されている昨今においては、総合的には人体への悪影響は否められません。
 消費者も料理人も生産者も加工業者も行政も政治も経済性を追求するあまり、また食中毒を恐れるあまり、食の本質の低下、そして別の意味での安全性の低下を招いてしまっているのが現状です。さらには正味期限切れの食材の廃棄処分の諸問題も地球規模で捉えて再考すべき時期にさしかかっているのではないでしょうか。『食育』の第二義として、消費者である私たち人類全ての人々がこの食の問題をそれぞれの立場で捉え直すことが社会的に要求されているのではないでしょうか。
 
伊豆 ユネスコクラブ 顧問 歯学博士・クリニーク デュボワ理事長
 (日本歯科大学客員教授、神奈川歯科大学客員教授) 中原悦夫